ツーショット・チャット vol.5 (最終話完結)
チェックアウトを1時間延長して佐和子はまどろみの中にいた。夜を充分に楽しんだあとの心地のよい疲労感が全身を包んでいた。スポーツのあとの疲労感と決定的に違うところは、スポーツは筋肉に、性愛は骨の1本1本に疲労が甘く残るところだろうか、と佐和子は思った。
わずかな警戒心を示しながらもあの子は部屋までついてきた。33になったばかりだという。チャットのお誘いメッセージは30代の方とあったのに一回り以上もオーバーしていて申し訳ないといった佐和子に気にしないでと微笑んだ。ちょうど仕事に油が乗ってくる年代。この先女一人生き抜いてやるぞというサバイバルな精神力と自信と気負いが見事に混在する笑みだった。それがなんとも微笑ましい。なのにベッドの中でいたいげな子猫に変貌するさまは何処か若い頃の優美を思わせた。
優美はそこから7年かけてキャリアアップを果たし、海外赴任という成果と結果にたどり着いた。つき合いだした頃、佐和子は既に40になろうとしていたが、仕事は中途半端なキャリアのまま折れ線グラフの頂点を極め、ゆるく下降線をたどり始めていた。個人的にはレズビアン、社会的には未婚の四十路女。日本社会の中ではいまだ男尊女卑の傾向は根強い。仕事が出来る中年女より正規社員を雇えない体力のない会社の中で意味不明な日本語を操る頭が軽い若い女子パートの方が重宝がられるのがご時世というものだった。
佐和子はあるレズビアンのブログの中で「40~50代のレズビアンで幸福なロールモデルを見たことがない」という記事を思い出していた。悠々自適イコール幸福は別問題にしても、その年代でシングルで快適に暮らすには難しい世の中なのだと思う。それはレズビアンに限ったことではないと思った。
優美のように30代でキャリアアップして結果を出せるシングルがいまの日本にどのくらいいるのだろう。雑誌を飾るようなミセスではない素敵な40代になって更に佐和子の年令にまで来る間にいったいどのくらいの女性達が未婚のまま悠々自適な暮らしを築き、維持出来るのだろう。きっとほんの一握りの人間だろう。看護士、技術者、研究者、教師、公務員、エトセトラ。
ベッドの中で何を思ったのか、あなたは神様の存在を信じるかと聞かれた。不意をつかれながらも考えてみると優美とネットで知り合った頃、その偶然の重なりが必然に思えて確かに神は何処かにいたようだ。だがそのあとの幸福さや不幸せな出来事に神様は介入してはいないだろう。まして優美と別れたあとで一度でも奇跡は起こったか。
〈変化も奇跡もない毎日が続くと人は神様の存在を信じられなくなる〉
そこまで考えて、佐和子はふっと自分の愚かさや過ち、指の隙間から砂を零すように逃してしまった恋愛や人生を世の中や同性愛のせいにして、そのことを言い訳にしていないかと自分に問った。
心が折れそうになった時、実際何度か折れた時、レズビアンであることを逃げ道にしたことは過去に何度もあった。佐和子は素直にそう思った。けれど田舎に帰ることはけして逃げたわけではない、自らの決断だった。
実家に残っている自分の部屋に置いてきたたくさんのレコードと音楽のことを思い出した。レコードラックにはジョニのアルバムもあったはずだ。この画集に収められたたくさんの絵はレコードジャケットに使用されたものがほとんどだった。ならこの画集は私には必要がない、と佐和子は思った。
息を切らして札幌駅に着くと優美は懐かしい喫茶店に入っていった。年老いた両親を気遣って佐和子は盆と正月には必ず帰省を遂げていた。優美はそれが淋しくていつも駅まで送り迎えをしていた。列車が発車するまでの間、よくこの喫茶店で二人で時間をつぶしたものだった。改札口での別れは苦手なので改札が見えるこの場所で佐和子を見送ったものだった。帰りの列車を待つ間も独りでこの席から溢れてくる人の姿を眺めていた。ここなら絶対に佐和子を見失うことがない。優美は画集を握りしめ、必死な思いでガラス越しに改札を見つめていた。幸運な偶然が続こうが続くまいが神様はそこにいる。神という言葉が気に合わないのなら天使でもいい、宇宙の意志といいかえてもいいのだけれど、と自分に言い聞かせながら ..
喫茶店のBGMにジョニの曲が流れていた。歌詞はこんな風 ..
Good Friends (意訳&異訳 ば~いシルバ つっこみはナシよ)
あなたに会わなきゃ 少なくても一年に一度や二度はね
私にとってそれが最適かな 何処かのダウンタウンの雰囲気より
ダンスホールとかギャラリー
あるいは ネットで馬券を買って楽しんだりね
魔法のように気が合うの 女友達 あなた そして私
太陽はジャージーで沈み リトルイタリーの向こうで昇る
私たちはそれを面白おかしく話すことが出来る
なんブロックも歩くきながら
オールナイトの動物園をグルグル回りながら
互いの物語を交換し会う
そんな景色が走馬燈のように頭に浮かんでくる
魔法のように気が合った 女友達 あなた そして私
純粋な心でない 鋼の神経でない
私達が行えることを責めは出来ないし
責める気もないわ
けど いま その関係は盾と矛 細心の注意を払い分析する
私達の違いは細かな粒子 互いの瞳の奥に山がある
あなたはあまりのぞき込まないでといい
私は純な気持ちなのという
魔法のように気が合った 女友達 あなた そして私
純粋な心でない 鋼の神経でない
私達が行えることを責めは出来ないし
責める気もないわ
時々 あなたは変化に襲われる
揺れる船の上で起こる事故みたいにね
あなたへの注文にも混乱が起こる
防ぐことができないとわかっているでしょ
すぐ近くにある問題かもしれない
こちら側に美があるかもしれないよ
魔法のように気が合うの 女友達 あなた そして私
純粋な心でない 鋼の神経でない
私達が行えることを責めは出来ないし
責める気もないわ
純粋な心でない 鋼の神経でない
私達が行えることを責めは出来ないし
抑えることも出来ないわ
女友達 あなた そして私
女友達 あなた そして私
《終》
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